台中の朝 [台湾にて]
暑いイメージの台湾を想像していたが、標高が高いせいか朝晩は肌寒く、起きた時に一瞬何処にいるのか判らなくなってしまう。
台中の朝は早い。マフラーから出る排気音と、耳障りなクラクション、5時ぐらいになるとスクーターが走り出し、その騒音で目が覚めます。
大学が近くにあるため、朝から賑やかな学生街。夜は夜市で賑わう一角に私が住むアパート「新興園(しんしんえん)」があります。1996年9月、あと一月で初めての子供を授かる時のことである。
初めての海外渡航がここ台湾第三の都市「台中」。そして、その日に入居。で、新興園での生活が始まって4日目。自社製品の一つであるシングルベッドに胡坐をかいて外をのぞいていた。
- 「う・る・さ・い」
とにかく朝から「う・る・さ・い」。この言葉が、これほど似合う場所はそう他には無い、と言い切ってもいい一つであることは間違い無い。
- 「せめて、あと1時間・・・」
と願いつつもどうしようもなく、外を眺めている。
- 「こいつら何なんや。」
- 「何でこいつら静かに出来んのやろ。こいつらあかんわ。」
そもそもクラクションの使い方が間違ってる。クラクションは危険防止であったり交通障害を防止するための機能であるはず。呼び鈴でもなければ、自分の怒りをクラクションで発散するものでもない。特にスクーターのクラクションは「ビ、ビー」が甲高い。これが朝5時から途切れることなく鳴っている。とにかく使い方がおかしい。
- 「でもこいつら、みんな普通に鳴らしまくってるやん。これが普通?」
- 「俺がおかしい? いや、日本人がおかしい?」
しかし、あと1年は生活しなければならない場所。こんなのが毎日続くと身体がどうなるのか心配しながら、着替えることにした。解決策を考えながら。
この問題を解決するためには、次の2つから選択しなければならない。「このまま慣れる」のか「睡眠時間を削る」のか。できれば両者しなくていい方法があればいいのだけど、今のところ解決策は見つけられない。逆にこの2つを手に入れることができれば、「この街はいい街だ」となるのではないかと、ほぼやけくそに思ったりもする。
- 「迎えまであと1時間少しやな、ちょっと行ってみようか。」
いつもは毎朝7時頃、新興園に工場の誰かが車で迎えに来てくれて、そのまま工場へ。そして朝食をその工場の賄で済まし、8時から始業というのが一日の流れ。なので、この4日間は新興園から一人で出歩くことは無かったのだが、この「う・る・さ・い」状況をこの目で確かめてみようと、私の部屋102号室の扉を開けて新興園の廊下に出た。
新興園の薄暗い廊下を抜け、外と出入りするための重い扉を開けると、まだ起きて30分も経っていないのに、「ジメッ」とした南国独特の感覚に包まれます。
- 「このジメッと感、好きやわ。」
寒がりの私にとっては、ちょうどこれぐらいの気温と湿度が適してる。気温は高めだけれど、湿度も高い分、肌に刺さるような日差しではない。出国前は、日本より赤道に近いので日本より暑いのかと思ってたが、今では熱帯雨林という(厳密には熱帯雨林、北回帰線を超えるちょっと手前)自然が創りあげた環境に惚れてしまってる。
そんな熱帯雨林のちょっと手前の空気を呼吸しながら、新興園の重い扉から路地へ出て歩くこと50m、表通りに出る。「ヴァヴ―ン、ヴァヴ―ン(スクーターの排気音)」「ビ、ビー、ビ、ビー」。想像はできていたのだが、改めて見るとため息しか出ない状態。
- 「朝からお前らみんなすごいわ。」
5時半を過ぎた頃にはスクーターのラッシュアワー。一応、片道一車線の道路だけれど、両車線とも歩道側(歩道は無い)にスクーターが路上駐車してたり、朝飯屋が歩道側に卓や椅子を出して商売してるとかで、実質、一車線道路になっている状態。スクーターも一列ではなく、一行。一行がだいたい3台で、途切れることなく走って行く。
しばらくして、日陰に入り腕を組み直してもう一度その光景に目をやる。すると、何が問題なのかが見えてきた。
- 「渋滞してるわ・・・」
- 「スクーターが渋滞してるわ・・・」
- 「スクーターでも渋滞するんやわ・・・まじ?何で?」
スクーターが渋滞するとか、今まで日本でも見たことな無い光景に、しばし釘付け。周りを見渡しても信号機は無い、事故が起きている感じも無い。しかし、この渋滞によって「ヴァヴ―ン、ヴァヴ―ン」と「ビ、ビー、ビ、ビー」が増え、挙句大合奏となって「う・る・さ・い」になっていることだけは間違い無い。
「何故スクーターが渋滞するのか」は問題である。この不思議な問題を解く時間があるのかと、懐中時計に目をやると、もう6時半。
- 「うわっ、もうこんな時間やわ」
- 「今日のところは撤収やな。」
そろそろ戻って支度をしないと迎えが来るので、今日のところは撤収。それで明日、また来ることにする。
帰り道、表通りをとぼとぼ歩いていると、どこからか煙るいい香り。来た時には無かった香り。
- 「この香り、いいかも。」
ジメッと感に混ざって、香ばしさが漂っている。どうも、スクーターが集まっているところから漂っているようだ。ブロック崩しのブロックのように駐車しているスクーターの隙間を縫いながら店の近くまで行って覗いてみると、そこは焼き餃子屋。
- 「ええなこれ、もう少し見ときたいけど、あかん、時間やわ。」
この香ばしさに後ろ髪ひかれながらも、急いで新興園に戻って支度をしなければならない。全ては明日から。辛かったこの「う・る・さ・い」4日間は、実は目覚まし時計の代わりにしなければならないのかも知れない。
迎えの車が新興園の前にやってきた。
- 「早」
- 「早」
運転手との会話はこの朝の挨拶と、工場に着いた後の「謝謝」だけ。言葉も早く覚えなければならない。でないと、「何故スクーターが渋滞するのか」を知ることもできないし、「朝から焼き餃子を注文する」こともできない。
慌ただしい朝ではあったが、日が昇った台中の朝はさらに慌ただしく、スクーターの渋滞も更に長くなっていた。
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